
🟢 なぜ、嫌なのに断れないのか?
例えば、職場で。
同僚から、
「悪いんだけど、この仕事、代わりにやってもらえない?」と言われる。
本当は、自分も忙しい。できれば断りたい。
でも、
「みんな大変なのに、自分だけ断れない」
「ここで断ったら、悪く思われるかもしれない」
そう考えて、「わかりました」と言ってしまう。
そして後になって、「なんで引き受けちゃったんだろう」と後悔する。
本当は嫌だった。断りたかった。
それなのに、なぜ「はい」と言ってしまうのでしょうか?
🟠 TAでは、こんなふうに見ることができます。
私たちは、ときに、「こうしなければならない」
という心の中のメッセージに、
気づかないうちに駆り立てられていることがあります。
例えば、
「喜ばせよ」というドライバー。
相手を喜ばせる。
期待に応える。
困っている人を助ける。
断らない。
それ自体は、悪いことではありません。
むしろ、優しさや思いやりとして表れることもあります。
しかし、本当は嫌なのに、
「断ってはいけない」
「相手を困らせてはいけない」
「期待に応えなければならない」
と感じてしまうと、
自分の気持ちを後回しにすることがあります。
そして、その場では相手を助けたのに、
後になって自分が苦しくなる。
例えば、「わかりました」と引き受けたとき、
自分は相手を助ける側にいます。
でも、その後、
「なんで私ばかり……」
「頼まれたから仕方なかった」と思い始める。
すると、今度は自分が犠牲者のような気持ちになることがあります。
TAでは、このような繰り返しを、
心理的ゲームという視点から見ることもできます。
🟡 では、どうすればいいのでしょうか。
答えは、「これからは、何でも断りましょう」ということではありません。
人を助けることも選べる。
断ることも選べる。
大切なのは、
「断れないから引き受ける」のではなく、自分で選ぶこと。
例えば、自分が、「また断れなかった」と気づいたとき。
少し立ち止まって、自分に許可を与えてみる。
自分を優先してもいい。
自分の気持ちを大切にしてもいい。
断っても、自分はOK。
TAでは、こうした新しい許可を、
アローワー(許可)と考えます。
そして、相手を助けることも、断ることも、自分で選ぶ。
「今回は手伝いたいから引き受ける」
「今日は自分の仕事を優先したいから断る」
どちらも選択です。
TAが大切にしているのは、
「これが正しい」という答えを与えることではありません。
自分が、なぜいつも同じような行動をしてしまうのか。
そのパターンに気づく。
そして、
これまでとは違う選択肢を持つ。
嫌なのに、反射的に「はい」と言いそうになったとき。
少しだけ、自分に問いかけてみてください。
私は、本当はどうしたいのだろう。
その問いが、
これまでとは違う選択への入口になるかもしれません。
▶ NOTEでは、
・なぜ嫌なのに断れないのか
・「喜ばせよ」というドライバーとは何か
・なぜ断ろうとすると罪悪感が生まれるのか
・心理的ゲームとして見ると何が起きているのか
・アローワー(許可)という考え方
・「救助」ではなく「CARE(思いやり)」で関わるとはどういうことか
について、詳しく読み解いています。
「なぜ、嫌なのに断れないのか?」
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